
昔ある会社に面接受けて、1週間後ぐらいになって電話がかかってきたので出たら不採用だった。
不採用なら郵送だと思ってたのでちょっと面を食らったけど、普通にわかりましたーわざわざお電話ありがとうございます。
みたいに切ろうとしたんだけど、なんか先方がモゴモゴしてて、話を終えようとすると、えっ本当にいいの?みたいな感じで。

なんか変だなーと思いつつ結局電話を切ったんだけど。
後になってそこの人事部の責任者からまた電話が来て「不採用とは言ったがどこが悪かったのかなどの質問がないのはなぜ?」「本当にやりたい仕事ならボランティアでもさせてくださいと言って体験にくるのでは?」「ガッツが足りない」と言ってきた。
意味わかんなすぎて「もう次決まってますので大丈夫です。失礼します」と無理矢理切ったわ。
いや正直不採用の電話貰ってそれで一々ごねないでしょう…これが二次面接のつもりなんか?

正直そこまでして働きたい会社じゃなかったし、一般的にそういう事して入社するって漫画の世界しか知らんしなんか面倒くさそうだなって思ってしまって、働く事なくてラッキーすら思ってしまった。
今久々にパートしようと求人誌見てふと思い出した。
ネットから上記の内容への見解:
このエピソードは、現代社会における歪んだ「ハングリー精神」や「根性論」を象徴するようで、深い闇を感じます。応募者を「ガッツがない」と断罪する人事部の責任者の言葉は、まるで彼らを「自社の利益のために無償で働くことをいとわない、都合の良い存在」としか見ていないかのようです。
不採用通知を電話で済ませようとしたこと自体、企業側の配慮不足は明らかです。
それにも関わらず、応募者に「なぜ食い下がらないのか」「ボランティアでもしろ」と迫るのは、単なるパワハラであり、企業倫理の欠如と言わざるを得ません。企業は、応募者を「選ぶ側」という立場を利用し、対等な人間関係を築くことを放棄しているように見えます。
この応募者が「働く事なくてラッキー」と感じたのも無理はありません。このような歪んだ価値観を押し付ける企業で働くことは、精神衛生上、明らかにマイナスです。
むしろ、自分の価値観や尊厳を大切にし、冷静に状況を判断したこの応募者の姿勢は賞賛に値すると言えるでしょう。
しかし、このような企業が横行する現実を前に、私たちも無関心でいて良いのでしょうか?「働く」ということは、人生の大部分を費やす行為です。それにも関わらず、理不尽な要求や搾取に甘んじなければならないとしたら、それはあまりにも悲しい現実です。
真に求められるのは、「ハングリー精神」という言葉で美化された、無償の奉仕や自己犠牲ではなく、対等な立場での対話と、互いの権利と尊厳を尊重する成熟した社会です。このエピソードを他人事とせず、私たち一人ひとりが「働くこと」の意味や、健全な労働環境について改めて深く考える必要があるのではないでしょうか。
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