「詮子の最期の願い」伊周の復職と定子の復活、道長の立場を脅かすその真相とは?
あれほど活力に満ちていた詮子が急逝したのは、まひろにとってあまりにも突然の出来事でした。彼女は悲しむ暇もなく現実に直面しなければならず、父・為時もまた、越前国守としての再任が叶わず帰京を余儀なくされ、生活は困窮の一途をたどります。

そんな彼女たちの苦境を見かねた道長は、為時に自分の子どもたちへの漢語の指南役を申し出ます。正式な官職ではないものの、収入源としては十分であり、まひろと彼女の娘たちに安定をもたらす提案でした。しかし、律儀な為時は一度これを固辞します。だが、夫を失い、幼い娘を抱えるまひろの懇願を受け、彼は最終的にその申し出を受け入れることとなります。

一方、道長は、定子の遺児である敦康親王を内裏の後宮にいる彰子のもとで養育する決断を下します。これは、道長にとっては政敵を抑え込む手段であり、実質的な人質でもありました。彼は当初、父・道兼のやり方を踏襲することを拒んでいましたが、母・詮子の「お前はもう父を超えている」という言葉に諭され、最終的に決断を下すに至ったのです。

詮子の四十歳の祝賀儀式が華やかに催されていた最中、彼女は突如倒れ、その命が尽きることを悟ります。彼女は最期の力を振り絞り、道長に「伊周を官職に戻してやってほしい」と懇願します。かつての伊周に対する処分が過剰だったことを悔いていたのでしょう。道長は彼女の願いを受け入れ、伊周を復職させることにしました。

復職した伊周は、一条天皇に「枕草子」を献上します。この作品は宮中でたちまち評判となり、長らく凋落していた中宮定子が再び脚光を浴びるきっかけとなります。この事態は、道長の支配力を徐々に揺るがすものとなり、彼を焦らせることになりました。
道長は新たな策として、まひろに「源氏物語」の執筆を依頼します。まひろが自宅で書きかけていた「物語」が、やがて日本文学史に残る名作「源氏物語」となるのかもしれません。
しかし、この物語が彼女の手から生まれることによって、道長の運命がさらにどのように変化していくのか、興味は尽きません。

詮子の最期の願いから始まったこの一連の出来事は、宮中の権力構造を大きく変える可能性を秘めています。道長の策謀とまひろの物語が織りなす、これからの展開に目が離せません。
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