華やかだった在りし日の定子の様子を描いた枕草子は宮中で大評判となり、一条天皇も亡くなった定子がまだそこにいるようだと喜んだ。しかし、君主がいつまでも故人を偲んでいては政が立ちいかない。何より伊周が帝に取り入ろうと必死なのだ。

道長は、娘の彰子を入内させたものの、帝はなかなか彰子を寵愛してくれない。彼女が心を開かなければ、帝の寵愛を受けるのは難しい。男子が産まれなければ道長の地位も危うくなる。当時は、帝との血縁関係こそ権力者の命綱だったのだ。
枕草子によって帝の定子への思いは益々募るばかりであった。このまま彰子との間に男子が生まれなければ、定子の忘れ形見である敦康親王が皇太子になり、やがて天皇の位に就くことになる。そうなれば、伊周が勢力を盛り返し、道長は失脚させられるかもしれない。

道長は、苦しい胸中を晴明に打ち明けた。すると、晴明は、道長の心の中に浮かんでいる人が彼を照らす光だと謎めいた言葉を残した。心の中に浮かんでいる人といえばまひろしかいない。
まひろは桔梗とは異なり、随筆ではなく物語を書き始めていた。まだ軽い物語形式ではあるが、一部の女房たちの間では面白いと評判になっていた。やがてその評判は道長の耳にも届き、彼の気持ちを動かすことになる。
道長の邸宅に招かれたまひろは、彼の依頼を聞いて驚きを隠せなかった。読書が好きな帝の心を定子から引き離すには、枕草子を上回る面白い読み物を献上しなければならないと意を決した道長は、ついにまひろの下を訪れた。

まひろは当初、道長の野心に対する協力にためらいを感じたが、次第にその提案に興味を抱くようになった。彼女自身、物語を書くことに魅力を感じていたし、道長の依頼は新たな挑戦でもあった。
まひろは道長の期待に応えるべく、執筆に全力を注ぐことを決意した。
物語の執筆と苦悩
執筆を開始したまひろは、物語の構想を練る中で、幾度となく苦悩に苛まれた。定子の影響力を超える物語を作り出すには、どのような工夫が必要か悩み続けたのだ。物語の登場人物たちが現実の人物に似せて描かれ、帝や道長、さらには宮中の人々も物語に引き込まれていく様子を描くことで、読者の共感を得ることを目指した。

彰子との関係
道長の意図通りに、まひろの物語は次第に帝の心を捉え始めた。定子への思いを引き離し、彰子との関係を深めるための重要な役割を果たしたのだ。物語を通じて、彰子は自身の魅力と知性を発揮し、帝との絆を築いていく。やがて、彼女の努力は実を結び、待望の男子が誕生することとなる。
源氏物語の誕生
まひろの物語は後に「源氏物語」として知られるようになり、その完成度の高さと物語の魅力は宮中のみならず、後世にまで語り継がれることとなった。道長の野心とまひろの才能が生んだこの奇跡の文学作品は、平安時代の文化の頂点を象徴するものとなった。
記事はまだ終了していません。次のページをクリックしてください
次のページ引用元:https://www.facebook.com/share/p/hSs78WscnY28soRP/?,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]