昭和のテレビ黄金期を支えた俳優、山口崇さんが肺がんのため、88歳という歳で亡くなったという訃報が届きました。彼はそのキャリアを通じて、テレビドラマ、バラエティ番組、舞台と、幅広い分野で活躍し、特に『クイズタイムショック』の司会者としても知られています。長年お茶の間に親しまれてきた彼の突然の死に、ファンをはじめ多くの人々が深いショックを受けています。

山口さんは晩年、肺がんと闘いながらも、その姿勢を貫き通しました。関係者によると、ここ数年は治療を続けながら、入退院を繰り返していたと言われています。その後、高齢者施設で療養生活を送りながら、穏やかな日々を過ごしていたようです。しかし、彼の体調は悪化し、2025年4月18日、東京都内の施設で息を引き取ったと報告されています。

山口崇さんの告別式は、2025年4月25日の午後6時から行われ、喪主は長男の山口太郎さんが務めることとなっています。家族は静かに彼を見送る予定で、妻の平尾慶子さんをはじめ、子どもたちも深い悲しみに暮れていると見られています。
山口崇さんは、1960年代からテレビドラマに出演を始め、特に1971年にNHKの連続時代劇『天下御免』で平賀源内役を演じ、注目を浴びました。この役は彼の当たり役となり、平賀源内と言えば山口崇さんと言われるほどに、視聴者に深い印象を与えました。また、時代劇『大岡越前』では、八代将軍・徳川吉宗を演じ、長年にわたりその存在感を示しました。

1978年には、テレビ朝日の人気クイズ番組『クイズタイムショック』の二代目司会者に就任。初代司会者・民谷二郎さんの後を継いで、彼はその穏やかな語り口と落ち着いた司会ぶりで、多くの視聴者に親しまれました。視聴者は、山口さんの柔らかな語り口と温かい態度に、安心感を覚えたと言います。彼は1986年3月、番組の最終回まで司会を務め、長年にわたりクイズ番組の顔として活躍しました。
俳優業の一方で、山口崇さんは日本の伝統芸能にも深い造詣がありました。特に長歌や三味線に興味を持ち、舞台やテレビ番組でその演奏を披露していました。また、長年、民話の研究にも熱心に取り組み、自身のラジオ番組では各地の昔話を紹介し、ファンに親しまれていました。家庭でも文化を大切にし、子どもたちに昔話を語り聞かせる優しい父親としての顔もありました。

2016年には、家族と共にテレビ番組に出演し、元気な姿を披露。その後も活動を続け、2019年には三谷幸喜監督の映画『記憶にございません』に出演し、久しぶりにスクリーン復帰を果たしました。この作品が最後の俳優業の仕事となり、その後は公の場に出ることはほとんどありませんでした。
山口崇さんの遺産については、公式には発表されていませんが、彼の長年にわたる芸能活動から得た財産は相当なものと推測されています。映像ソフトの印税、テレビ番組の司会料、著書の印税など、多岐にわたる収入源があったと考えられます。また、彼が長年取り組んできた民話研究や文化資産の行方にも関心が集まっています。
遺言については公式な発表はありませんが、民話の資料や伝統文化に対する情熱が家族に託されているとの見方もあり、彼が生前に語っていた「文化を次世代に伝える大切さ」が、実質的な遺言となった可能性が高いです。
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