山口県周防大島町で行方不明となっていた2歳男児を発見し、一躍注目を集めたスーパーボランティア、尾畠春夫さん。その生活ぶりは、誰もが驚くほどシンプルで、自律的なものでした。今回は、そんな尾畠さんの波乱に満ちた生活と、彼のボランティア活動について紹介します。
尾畠春夫さんは、65歳から本格的にボランティア活動を開始しました。初めてのボランティア活動は新潟の中越地震の時で、以降、全国各地の災害現場を回り続けています。彼の生活は非常に質素で、そのシンプルさは驚くべきものです。

尾畠さんは東日本大震災の際、南三陸で瓦礫の中から思い出の品を探し出し、被災者に戻す「思い出さがしの隊」の一員として約500日間活動しました。
この時の経験が、彼の生活に大きな変化をもたらしました。それまで浴びるほど飲んでいた酒を、南三陸の光景を見て一念発起し、一切断ちました。それから8年以上、一滴も飲んでいません。
彼の健康管理は徹底しており、健康保険証は11年以上使っていません。毎日8キロのジョギングを欠かさず、食生活も非常にシンプルです。野菜を茹でて酢じょうゆで食べることを基本とし、桑の葉や南天、オオバコ、どくだみ、よもぎなど、自然の恵みを取り入れています。

尾畠さんは、自宅にいるときはテレビはNHKしか見ません。情報収集のために30分だけ視聴し、地元紙である大分合同新聞を定期購読しています。お気に入りはラジオで、これが彼の日常の一部となっています。
ボランティア活動に出かける際は、必要最低限の食料を持参し、現地での負担を減らす努力をしています。
主食は持ち運びに便利なパックご飯とインスタントラーメンで、節約を徹底しています。また、軽ワゴン車の後部座席で寝泊まりし、普段からゴザの上で寝ることで、どんな環境でも快適に過ごせるようにしています。
尾畠さんのボランティア活動は、まさに献身的です。被災地では、言動に細心の注意を払い、被災者に安心感を与えるために赤い服を着て活動しています。
背中には名前が大きく書かれており、これもまた被災者が安心できるようにとの配慮です。さらに、被災地でのコミュニケーションを重視し、常に笑顔で接することで、信頼関係を築いています。

尾畠さんは現在、家族と離れて一人で生活しています。妻は5年前に一人旅に出たまま帰ってきておらず、彼自身もそれを受け入れている様子です。息子と娘には、ボランティアに出かける際に「どこどこに行く」との伝言を残してから出発するなど、家族への配慮も忘れていません。
尾畠さんの収入は月約5万5000円の年金のみです。その中からボランティア活動費を捻出し、残りのわずかな金額で生活しています。貯金はほとんどゼロに等しく、それでもその時々の状況に応じた生活を続けています。
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