まだ男性中心の社会が当たり前だった時代に、日本初の女性法律家が誕生しました。その中の1人、三淵嘉子(みぶち よしこ)は、NHK朝ドラ「虎に翼」のヒロイン、猪爪寅子(いのづめ とらこ)のモデルとなった人物です。三淵嘉子は日本初の女性弁護士、女性判事、そして女性裁判所長としてその名を刻んだ、まさに先駆者と呼べる存在です。

嘉子が生まれたのは1914年、大正3年のシンガポール。当時、彼女の父親である武藤佐尾(むとう さお)は銀行員としてシンガポール支店に勤務していました。嘉子の名前の由来は、シンガポールの「シン」から一字を取って名付けられたというエピソードがあります。大正3年は五黄の虎年であり、この年に生まれた人は非常に強い運勢を持つと言われており、嘉子もまたその一人であったと言えるでしょう。
波乱の幼少期と厳しい教育
嘉子の幼少期は、まさに波乱に満ちていました。
大正5年に父がニューヨーク支店に転勤となり、母の信(のぶ)は日本に残り、嘉子と生まれたばかりの弟・一郎とともに香川県丸亀市の実家で過ごすことになりました。武藤家は裕福な家庭であったものの、信のしつけは非常に厳格で、嘉子は幼い頃から厳しい環境で育てられました。
その後、1920年、大正9年に父がニューヨークから帰国し、一家は東京の渋谷に引っ越します。嘉子は渋谷区の幼稚園を経て、東京学芸大学付属の青山師範学校に入学。ここで彼女は成績優秀な子供として知られるようになります。しかし1923年、大正12年に関東大震災が発生し、一家は大きな試練に直面しますが、幸運にも無事でした。
嘉子はその後も順調に学業を続け、1927年には東京女子高等師範学校の附属高等女学校に進学します。ここは現在の御茶ノ水女子大学付属高校であり、嘉子は20倍の倍率を勝ち抜いて合格したのです。この頃、嘉子の母は娘を良妻賢母に育てようとしていたものの、父は「ただの嫁にはなるな。男と同じように政治や経済を理解し、専門的な職業を持つべきだ」と語っていたと言います。
女性初の法律家を目指して

嘉子が女性法律家を目指したのは、父の影響が大きかったのです。父はニューヨークで男女同権の西洋社会を目の当たりにし、娘にも専門職に就いてほしいと願っていました。
記事はまだ終了していません。次のページをクリックしてください
記事はまだ終了していません。次のページをクリックしてください
次のページ引用元:https://www.youtube.com/watch?v=n520csQps1s,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]