「もし、60歳に戻れるのなら…お前は何をやり直したい?」
78歳の春、私がふと呟いた言葉に、孫の拓真は驚いた顔で私を見つめた。彼はまだ30代。年老いた私の問いに意味があるとは思えなかったのかもしれない。
しかし、80歳を目前に控えた私にとって、それは現実味のある問いだった。なぜなら、この年齢になると、老いは波のように一気に押し寄せるのだ。

六十歳だったあの頃、私はまだ元気だった。定年退職を迎えても、身体は動いたし、記憶も鮮明だった。だが、あの頃の私は、時間が無限だと錯覚していた。
銀行口座の残高ばかり気にして、将来のためにと節約に励んだ。だが今思えば、「将来」とは常に「今」だったのだ。
たとえば、妻と一緒にヨーロッパ旅行に行く話も、結局「また今度」にしてしまった。お金を残すことに必死だった私は、「経験」という財産を残すことを忘れていた。
70代に入ってすぐ、友人の山崎が倒れた。彼は健康そのもので、資産も豊かだった。しかし、心の準備がなかった。倒れてからでは遅い。健康を守る努力は、60代から始めるべきだったのだ。
筋肉は衰え、手の力は抜け、ペンを握るのにも苦労する。病気がなくても、日々の「小さな不自由」が生活を蝕む。だから私は、60代の自分にこう伝えたい。
「筋トレを始めろ。足腰を鍛えろ。そして、美味しいものは今のうちに楽しんでおけ」
そしてもう一つ、私は人と比べることに多くの時間を使ってしまった。
友人の退職金、娘婿の成功、隣人の新築マンション…。それを見るたびに、自分の人生が霞んで見えた。
だが80歳近くになった今、ようやくわかった。人生における「価値」は、他人との比較では測れない。
五十代、六十代は、自分自身を喜ばせることにもっと誠実であるべきだったのだ。

さらにもう一つ、孤独の問題がある。
七十代の終わりには、多くの友人が病に倒れたり、亡くなったりした。連絡先はそのまま、声はもう聞こえない。
だが私は、孤独を恐れすぎなかった。むしろ、「一人の時間」こそ、自由で尊いものだと気づけた。
常連のカフェのマスターとの短い会話、週一の図書館通い。浅いながらも温かな関係が、人生の潤滑油となった。
孤独を「欠落」と考えるか、「静けさ」と捉えるかは、自分次第なのだ。
もう一つ、忘れてはならないのが「家族との関係」だ。
私はかつて、息子夫婦に多くの援助をしてきた。学費、住宅資金、出産祝い…。だが、それが本当に正しかったのか、今も考えることがある。
援助とは、愛情ではなく依存を生むこともある。
私が伝えたいのは、「金を残すな、意志を残せ」ということ。お金ではなく、生きる力を授けることが、本当の親の責任なのだ。

最後に、何より大切だったのは、「笑い」だったと気づいた。
どんな失敗も、どんな誤解も、笑って受け流す力を持てば、人生は穏やかになる。
八十歳の私は、間違いなく老いた。だが、それでもなお私は生きている。そしてこうして、誰かに言葉を残せる。
だから、60歳に戻れたなら、私はこう生きる。
資産を使い、自分の「今」を最大限楽しむ
比較を捨て、感謝とともに歩む
静かなつながりを育てる
子どもに依存せず、彼らの自立を信じる
笑って過ごす技術を磨く
人生の勝者とは、長生きした人ではなく、後悔なく生ききった人のことを言うのだろう。
80歳になる前に、この話を思い出してほしい。
きっとあなたの人生は、そこからもう一度輝き始めるだろう。
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