私は50代半ばの看護師。長年勤めた病院で看護主任を任されるようになったが、私生活では悩みの尽きない日々が続いていた。原因は、15歳年上の夫――仕事も続かず、家計を私に任せっきりの上、昔から浮気癖がひどい。
私たちの結婚生活は、もはや“夫婦”というより“同居人”。夫は家庭内で完全に孤立し、子供たちも成人し、それぞれの道を歩んでいた。
そんなある日、私の体に異変が起こった。腹部の痛みが治まらず、勤務先の病院で検査を受けた結果、医師から「精密検査を受けた方がいい」と言われた。紹介状を手に大病院へ向かい、検査結果を待つ不安な日々を過ごした。
数日後、病院に呼び出された私は、担当医から告げられた。
「大腸に腫瘍があります。現時点では手術可能ですが、経過次第では…」
私は「余命半年の可能性がある」と説明された。看護師として数多くの患者を見てきた私でも、自分がその立場になると、思考は停止した。
帰宅後、私は悩んだ末に、夫にこう告げた。
「余命半年かもしれないって、言われたの」
夫は一瞬黙った後、驚くほど冷静に言った。
「そうか…まあ、長い人生だったな」
その夜から、夫の行動が急変した。
仕事も行かず、毎日酒を飲み歩き、若い女性と浮気三昧。帰ってきても泥酔状態で、私への気遣いなど一切なし。
私は思った。
(……私が死んだ後の自由を満喫してるのかしら?)
子供たちも異変に気づき、私に問い詰めてきた。娘に至っては、「お父さんに介護させるくらいなら、施設に入って」とまで言い出す始末。
だが、真実は違った。
あの日、病院での会話を夫は勘違いしていたのだ。
――「余命半年」なのは、自分だと。
夫は最近、胃の不調を訴えており、私が同行して検査を受けさせたことがあった。どうやらその際、私が医師と話していた内容を“自分の余命”と勘違いしたようだった。
つまり、夫は――
「自分があと半年で死ぬから、人生最後に自由に遊んでる」と思い込んでいたのだ。
私は唖然とした。そこまで自己中心的に勘違いできる男が、この世にいるのかと。
私は決意した。
このバカ夫に、現実を突きつけてやろう。
ある日、夫が泥酔して帰宅したタイミングで、私は診断書を手に向かい合った。
「余命半年って、私のことだったの。あなたじゃない」
夫は一瞬、言葉の意味を理解できずにいたが、診断書を見た瞬間、顔面蒼白。
全身が小刻みに震え出した。
「ま、待ってくれ…俺じゃ…ないのか…?」
「ええ、違う。あんたはただの健康な不良中年よ」
「俺……俺、浮気までして…遊び歩いて…!」
「それが、あなたの“最後の人生”だったのね。良かったじゃない」
私は冷たく笑った。夫はその場で崩れ落ち、「本当にすまなかった」と泣き始めたが、私の心にはもう一滴の情も残っていなかった。
――数日後。
夫は自ら病院で再検査を受け、「異常なし」の診断を受けたという。
それ以来、家での夫はすっかり大人しくなった。浮気相手にも捨てられ、酒もやめた。
しかし私はもう彼を信じない。信じられるのは、真実を自分で見つけ出す力と、それを貫く勇気だけだ。
半年――その限られた時間で、私は新しい人生を歩む決意をした。
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