「ねえ、健一。私、本当に70歳になったのね」
朝の光が差し込む縁側で、ひとり言のように呟いたのは、今年で古希を迎える佐藤和子だった。夫の健一は5年前に他界し、今は東京郊外の小さな家で、ひとり慎ましく暮らしている。
和子はこれまで、「健康にさえ気を付けていれば、老後は何とかなる」と思っていた。野菜を多く摂り、毎朝ラジオ体操、ウォーキングも欠かさない。病気とも縁遠く、医者いらずの生活を誇ってきた。
――しかし、70代の現実は、そう甘くはなかった。
まず、思うように体が動かない。長年乗っていた自転車も、段差でふらつくようになった。耳が遠くなり、テレビの音量が知らず知らず大きくなる。時には、言葉の先が出てこず、名前を思い出すのに時間がかかることも。
「老いって、こんなふうに静かに忍び寄ってくるのね…」
ある日、和子は地域の高齢者向けセミナーに参加した。
テーマは「70歳からの健康と幸せのつくり方」。そこで登壇していた専門家の言葉が、彼女の心を大きく揺さぶった。
「70代に入ると、医者の言葉だけを鵜呑みにしてはいけません。なぜなら、彼らは“部分”の専門家であって、“人生”の専門家ではないからです」
医者の助言は重要だ。しかし、70歳を超えると、体の各器官が複雑に連携し、単独の治療が逆効果になることもあるという。必要のない手術で体力を奪われ、回復力を失ってしまう高齢者は多い。
「70歳は、“人生の設計図”を自ら描き直すべき時期です」
その言葉に、和子は深くうなずいた。
帰宅後、和子は長年の日記を読み返した。そこには、若き日の目標、子育ての記録、夫との思い出、そして、老後の夢も記されていた。だが、その夢は、「健康に過ごすこと」一辺倒で、「どう生きるか」は抜け落ちていた。
それからの彼女は変わった。
まず、週3回の「筋トレ教室」に通い始めた。笑顔のトレーナーに支えられ、最初は腕立て伏せもできなかったが、1ヶ月で見違えるほど体が引き締まった。
食事も見直した。これまで「野菜中心」が正解と思っていたが、セミナーで学んだ「高齢者にはたんぱく質が必須」のアドバイスを受け、朝食には卵を、昼は鶏むね肉をしっかり摂るようになった。
「最近、気持ちが明るくなってきたのよ」
娘にそう語った時、久しぶりに自分の声に力が宿っているのを感じた。
セロトニン――和子が新たに知った言葉だ。幸福ホルモンとも呼ばれ、肉に多く含まれるアミノ酸・トリプトファンが生成に欠かせない。70歳を超えるとセロトニンの分泌が減り、気分が落ち込みやすくなる。それが「やる気の低下」や「社会的な孤立」につながるのだと学んだ。
「私はまだ、人生を楽しめるはず」
そう思えるようになった和子は、昔好きだった短歌の会にも再び参加するようになった。言葉を探す作業は、思考力の維持にも役立つと感じている。
70歳を超えるということ。それは、単に老いるということではなく、“自分の健康と人生の舵取りを、他人任せにしない”という新たな挑戦の始まりである。
医者が教えてくれない現実に直面し、和子は「老後とは、受け身ではなく、能動的に生きるもの」と学んだ。
そして今日も、和子は晴れた空の下、姿勢よく歩く。ゆっくりと、しかし確かな足取りで。
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