1970年代後半、東京の街はアメリカンカルチャーに熱狂していた。特にアメ車が象徴する自由と力強さは、多くの若者にとって憧れの的だった。私がまだ東京で働いていた頃、職場の先輩が持っていた白の「ムスタング」は、その象徴ともいえる一台だった。
ムスタングは、アメリカ車の中でも特にスタイリッシュで、まるで都会の洗練さを体現しているかのようだった。車体の曲線は美しく、エンジン音は胸を高鳴らせた。そして、忘れられないのは、時折先輩の隣に乗っていた女性だ。まるで「朱里エイコ」そのもの、完璧な脚線美を誇る都会の美人だった。

ある夏の日、先輩のムスタングに乗り込んできた彼女の姿は、今でも私の記憶に鮮明に残っている。ホットパンツ姿にサングラス、涼しげに髪を揺らしながらムスタングのドアを開ける姿に、私は思わず目を奪われた。
彼女の姿は、まさに都会の風そのもの。力強く、自由で、どこか手が届かない存在に見えた。
車内に響くエンジンの低い唸り声と共に、ムスタングは走り出した。私の胸に残ったのは、あの瞬間の彼女の姿と、ムスタングの洗練された美しさだ。あの美人は、ムスタングに乗ることでさらに輝きを増していたのだ。

それから時が経ち、私は地元に戻った。地元での生活は都会とは違い、素朴で温かい。しかし、あの都会美人とムスタングの光景は、どうしても忘れられなかった。
ある日、海水浴に出かけたとき、妻が突如としてホットパンツ姿で現れた。驚きと共に、私はかつての都会の美人を思い出し、心の中で比較してしまった。妻の姿は可愛らしいものの、都会の洗練された美しさとはまた違う、素朴で自然な魅力だった。

妻は、当時私が乗っていた「グランドファミリア」とよく似合っていた。グランドファミリアは、ムスタングとは違い、どこか重厚感のある車だった。都会の洗練とはまた違う、田舎の温かみがその車にはあった。
都会の洗練された美しさと田舎の素朴さは、まるで対照的だ。しかし、どちらにもそれぞれの良さがあり、どちらも否定できない魅力がある。
都会美人とムスタング、田舎娘とグランドファミリア。この二つは、どちらも私にとって特別な存在であり、どちらも忘れられない。

「ムスタングには脚線美を誇る都会の女性が、グランドファミリアにはGパン姿の田舎娘がベストマッチ」。結局のところ、私の結論はここにある。人生は、洗練と素朴さ、どちらも受け入れることでより豊かになるのかもしれない。
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