1984年、私はついに待望の運転免許を取得し、最初の愛車を手に入れました。それが1977年式の三菱ギャランラムダ2000GSRでした。この車は、昭和の車好きにとって、まさに憧れの存在でした。特にGSRモデルは、他のラムダとは一線を画し、ハイオク仕様のツインキャブエンジンを搭載したことで、その性能は圧倒的でした。

GSRモデルの最大の特徴は、ツインキャブレターとハイオク仕様という点です。この仕様により、エンジンの出力は大幅に向上し、運転時にはまるでスポーツカーのような加速感を味わうことができました。2000ccエンジンは、市街地の走行でも余裕のあるパワーを提供し、当時のライバル車たちを圧倒する存在でした。加えて、ギャランラムダの独特のスタイリングは、流線型のデザインが印象的で、その外観からもスポーティーさが伝わってきました。
さらに、当時はカーステレオなどの社外パーツも豊富にあり、自分の車をカスタマイズするのが大きな楽しみでした。私も例に漏れず、車内にお気に入りの音楽を響かせるために、新しいコンポを取り付け、ドライブを楽しんでいました。音楽に包まれながら走るギャランラムダは、まさに私にとって夢の時間を与えてくれたのです。

免許を取得して間もない頃、私は車を操る喜びに満ち溢れていました。特にギャランラムダのGSRは、その圧倒的なパワーとハンドリングの良さで、毎日のようにドライブに出かける理由となっていました。休日には友人たちと共に、山道を攻めることが楽しみで、急カーブやアップダウンを駆け抜けるその感覚は、他では得られないスリルがありました。
また、ドライブ中には車の挙動を常に学び、自分の腕を磨いていくことができました。
車を通じて、加速とブレーキのタイミング、カーブでの姿勢制御といった基本的な運転技術を自然に身につけていきました。

しかし、私の技術と経験がまだ未熟だったことも否めません。
楽しいドライブの中で、無理をしてしまった瞬間がありました。ある日、いつものように山道を走っていると、見通しの悪い急カーブに差し掛かりました。油断していた私はスピードを落としきれず、コーナーを曲がりきれなかったのです。
結果、私はハンドル操作を誤り、そのまま道路脇のガードレールに突っ込みました。大きな衝撃音と共に、愛車ギャランラムダは大破してしまいました。幸いにも大きな怪我はなかったものの、車は廃車となり、修理不可能な状態でした。
その瞬間、胸に深い後悔と悲しみが押し寄せました。最初の愛車を失っただけでなく、自分の未熟さを痛感した出来事でした。1年間という短い間でしたが、このギャランラムダは私にとってかけがえのない存在であり、多くの思い出を共にしてくれました。
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